• 西日本アグロエコロジーへようこそ

    「今まで通りという選択はありえない」(“Business as usual” is (still) not an option.) 1。新型コロナウィルスによって、農と食という私たちの生命を支える営みがたいへん脆い仕組みに依存していることがだれの目にも明らかになりつつある。もはや「元に戻る」ことは無理である。このため、ポスト・コロナ時代の農と食を模索する動きが起こり始めている。それは、「今まで通りの」農と食のあり方を大きく変革する可能性を秘めている。


    だが、視野を世界に広げてみると、この変革はコロナ問題によって引き起こされたのではなく、コロナ以前から着実な動きとしてすでに始まっていることに気づく。ことに、ヨーロッパ諸国では2010年代から、効率性重視の大規模農業に見切りをつけ、永続的で地域に根差す小規模農業の振興に舵を切り、それと合わせて農と食の距離の短縮(ショート・サプライ・チェーン)が促進されている。EUの共通農業政策も同様な方向を歩んでいる。


    このような変革の動きはなぜ目立つようになったのか。なによりも人類社会と地球が存続できるかどうかの分かれ目に立っているからだ。最大の要因は「気候危機」と「大絶滅の時代」2の到来である。前者は地球温暖化・気候変動に起因しており、もはや少々の手直しでは元に戻れない段階に入っていることを意味している。後者は生物多様性の喪失で、種が大規模に、かつ、かつてない速度で失われていることを指し3、そのために人間を含むすべての生命体の基盤である生態系が復元力を失うほどに痛めつけられている。


    これら2つの要因に加えて、新型コロナウィルスによる感染症が社会のあり方を大きく変えつつある。世界全体に及ぶ感染症の爆発的拡大がグローバルな人とモノの移動に大きな制約となる一方、足元では「3密防止」で人との直接的関係の回避を余儀なくされ、社会が社会として成り立たない事態さえ想定される。
    畜産の将来に影を落とす動物感染症も深刻化している。「コロナ禍」の陰で、鳥インフルエンザが2020年11月から2か月余りの間に過去最大規模の感染の広がりと殺処分を記録している。


    2018年9月からは、イノシシからのブタ熱(CSF)感染が問題となった。2010年に起こった宮崎県の口蹄疫では実に30万頭もの牛が殺処分された。この出来事が記憶の外にかすむほど、家畜の感染症は多発している。家畜の感染症は高密度で多くの家畜を飼育する施設型畜産や外給の飼料と医薬品に依存する近代畜産のあり方と無縁ではない。
    いままでの農と食を結ぶ仕組み(産業的食農システム)は、上記の危機に大きく寄与してきた。地球温暖化ガスの4分の1は農と食に由来し、また海と河川湖沼の富栄養化を引き起こす栄養塩類は78%が農業起源であり、さらに人間を除く哺乳類のバイオマス量は家畜が94%を占めている4。ほとんどの絶滅危惧種にとって農業は最大のリスク要因である。農業それ自身でも、資本生産性やエネルギー生産性の低下、世界中からの食料調達による環境フットプリントの増大、低賃金外国人労働への依存といった形で環境と社会の両面に無理が生じている。慣行農業に基づく食農システムはもはや永続性を持たないし、遺伝子編集技術など食品の安全性を脅かす新たなリスク要因が持ち込まれている。


    上記のような事態を根底的に変革することなしに、「気候危機」と「大絶滅の時代」に立ち向かうことはできない。そのための術はどこにあるのだろうか。私たちは、アグロエコロジーにその可能性を求めたい。アグロエコロジーはEU諸国やEUの新しい政策の基盤にも据えられているし、FAO(国連食糧農業機関)もアグロエコロジーこそが資源浪費的・環境破壊的な現行の食農システムからの転換を実現しうると主張している。しかもそれは「農民が主役」となる接近方法だとも述べている。ヨーロッパにおける有機農業と有機食品の伸びは、このような動きとも連動している面がある。


    日本の有機農業はいま停滞し、閉塞感に包まれていて、なかなか打開策を見つけられずにいる。私たちは、アグロエコロジーがこの状況を変える起爆剤になると考えている。日本では、2013年に金子美登氏らの呼びかけで始まった日本アグロエコロジー推進会議が2015年に「アグロエコロジー推進宣言」を出したり、京都の総合地球環境学研究所主催のイベントで「2016年京都アグロエコロジー宣言」がまとめられたりしているが、まだ広く知られているわけではない。そこで、私たちは「西日本アグロエコロジー協会」を設立し、さまざまの実践活動と研究を通じて、アグロエコロジーの普及による永続可能な食農システムのあり方とそこに向けた変革の方向を探ることとした。
    アグロエコロジーとは、永続可能な農業実践とそのための科学と社会運動を束ねる枠組みである。目指すところは、産業的食農システムから生産者の食料主権と消費者の食料への権利を解き放ち、これらの権利の確立を通じて「いのちを大切にする社会」を実現することである。そのためには環境、経済、社会、文化の多様性が前提となる。農業実践とは産業的農業から永続可能な農業=生態系の原理に沿う農業へと転換することであり、科学とは生物学、生態学を軸としながら、土壌学、社会学、経済学、文化学、政治学といった広範な原理のあいだの相互連関、関係性、機能を対象に永続可能な農業実践をデザインすることであり、社会運動とは永続性と社会的公正を求めて草の根レベルから食農システムを変革していくことである。


    なお、アグロエコロジーの技術に関しては生態系、とくに耕地生態系の原理に立脚し、 動植物の相互依存関係の中で生きものの力を引き出すことがかなめとなる。そのためには多様性、循環、総合性が必要不可欠の要素となる。具体的には、単作を避け、間作・混作を行う、家畜を飼育するなどによって生産と経営の安定性を強化し、農家内・地域内での物質・経済循環の程度を増やし、地域資源を複層的に利用することで外給資源への依存を減らしていくといった取り組みが重要となる。それは有機農業や自然農の行ってきた農法と親和性が高い。
    西日本アグロエコロジー協会は、こうしたアグロエコロジーの理念に基づく広義の「農と食の運動」として拡大し、市民権を得るための舞台として機能することを目指す。さしあたり、この「農と食の運動」を支えるビジョンの提案と農業実践、社会実践への展開を目指す。趣旨に賛同する農民、消費者、協同組合、研究者、行政関係者、企業の間の相互ネットワークを強化し、アグロエコロジー推進の舞台としての役割を果たす。


    具体的な活動としては次のようなものを計画している。


    1.産消提携の半世紀、有機農業・自然農法・代替農法の半世紀を総括し、アグロエコロジーにどう生かすのかを考える。
    2.現行の食農システムを分析し、食農システムの何を改めるか、どこに働きかけるかを検討する。SAFA(Sustainability Assessment of Food and Agriculture systems)を活用して、個別の食農システムの永続性を評価する。
    3.アグロエコロジーにかかわる知識や技能を集めて一覧にし、データベースや目録(インベントリー)としての活用を図る。農民や消費者からの相談に応える。個別の知識や技術を組み合わせて日本流のアグロエコロジーの骨組を作る
    4.新しい動向(政策、思潮、運動、技術、研究…)を収集、分析して共有を図る。
    5.ウェブ上で「会員のコミュニティ」を運営し、農業者と消費者からのよろず相談にこたえるとともに、会員間の情報交換・共有の場とする。
    6.公開の学習会、講演会、シンポジウムによるアグロエコロジーの学習と情報発信
    7.研究、学習の手助け。
    8.政策提言
    9.兵庫県有機